コロナ禍によって加速した協同型ロボット導入の現状と課題

2021年5月31日、東京大学次世代知能科学研究センターが主催した連続シンポジウムの第2回がオンラインで開催されました。この記事では、「コロナ時代のロボットと人工知能」というテーマが掲げられたシンポジウムで発表された内容を要約することを通して、「withコロナ/afterコロナ」時代におけるロボットと人工知能の現状と課題を明らかにします。

コロナ禍が変えたロボットの在り方

シンポジウム最初の登壇者はロボットとAI業界の取材を精力的に続けているサイエンスライターの森山和道氏で、コロナ禍時代のロボット導入の現状について発表しました。

コロナ禍は設備投資費や予算の減少といったマイナスの影響を与えた一方で、Eコマースの需要増大や無人化・省人化ニーズの高まりといったプラスの影響も及ぼしました。プラスの影響によって、ロボット産業が大きく注目されるようになりました。

コロナ禍におけるロボット活用の典型例は、医療現場における無人消毒ロボットです。そのなかで有名なのが、デンマーク企業のUVD ROBOTSが開発する「UVDロボット」です。同ロボットは中国で2,000以上の病院に、EUの200の病院で採用されています。同種ロボットの日本製としてスマートロボティクス社の「SR-UVC」シリーズもあります。また、コロナ禍対応無人システムとして、川崎重工業は移動式自動PCR検査システムを開発しています。

ロボット導入の増加は医療現場にとどまらず、製造業や小売業界でも起こっています。近年のロボット導入の傾向として業界の垣根を超えて共通に認められるのが、自動車組み立て工場で見られるような多人数の人的労力の自動化から、物流や小売業界で進んでいる少人数のそれへの変化です。


ロボットがさまざまな現場に進出することによって、意識されるようになったのがロボットによるBCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)です。コロナ禍で導入したロボットはコロナ感染が収束したら撤去するのではなく、今後何らかの緊急事態が生じた場合に備えて管理しておけば、不測の事態に対して頑健になります。

BCPの確保を個々の企業活動から社会全体に拡大すると、パンデミックや自然災害全般に対する耐性がある強靭化された社会となります。社会の強靭化において重要となるのが、緊急事態宣言で注目されたエッセンシャルワーカーの存在です。こうした労働者をロボット技術によって支援することこそ、社会の強靭化の実現につながるのです。

コロナ禍はロボット導入だけではなく、テレワークの導入や非接触型サービスの立ち上げといったさまざまなビジネス上の変化を引き起こしました。こうした変化は、afterコロナの時代には雲散霧消してしまうのでしょうか。おそらくコロナ禍で生じた変化のうちポジティブなものは新たな標準として定着して、世界は不可逆的に変化するでしょう。そうした新たな標準のひとつとして、人間とロボットの協働は今後も不可避的に進むことでしょう。

食品業界における協働型ロボットの挑戦

2人目の登壇者は株式会社アールティ代表取締役の中川友紀子氏で、同社が開発・提供する中食用ロボットの現状について発表しました。

近年、食品業界では「Foodtech」という用語がさかんに語られています。この用語は「Food(食品)」と「Technology(技術)」をつなげた造語で、食品産業とバイオテクノロジー、AIとロボット、さらにはSDGsといった技術やトレンドが重なり合ったドメインを指します。中川氏が推進する中食用ロボットビジネスも、Foodtechの一翼を担っています。

ところで、日本の食品業界は人口減によって市場が縮小しているのではないか、という印象がありますが、実は拡大しています。農林水産省が2019年5月に発表した「食品産業をめぐる情勢」によると、昭和50年代における食品市場の国内消費が49.5兆円だったのに対して、平成20年代では約1.5倍の76.3兆円となったのです。

食品市場の拡大は、外食産業の成長と食生活の多様化が原因と考えられます。そして、食生活の多様化を支えているのが、多数の加工食品を家庭に対して提供する中食ビジネスです。中食の需要は共働きや単身世帯の増加により今後も大きくなると予想されており、中川氏が主戦場となるドメインにはさらなる労働力の投入が期待されています。


中食業界において労働力を増やす方法として考えられるのが、ロボットの導入です。しかし、中食業務は原材料の加工から食品の包装までと多岐にわたり、業務のなかにはロボットが苦手としてきたタスクもあります。具体的には、食品の包装や原材料の充填はすでに約47%機械化されている一方で、原料処理はまだ32%程度しか機械化されていません。逆に言えば、従来ではロボットで実行するのが難しいとされてきたタスクを自動化することが、中食業界におけるロボット導入推進のカギとなるのです。

原料処理がロボットにとって難しかったのは、山積みされた食材から一片を取り出したり、柔らかい食材をつまんで盛り付けたりするタスクをロボットが苦手としていたからです。株式会社アールティが開発した人型協働ロボット「Foodly」は、こうしたタスクをうまく実行できるようになりました。


Foodlyはタスクを遂行することが求めれているので、タスクを効率よく遂行できるのあれば人型である必然性はないように思われます。しかし、片手や3本の手のようなロボットはいっしょに働く人間の労働者にとって不気味な存在となってしまうため、人型に設計するのが理に適っています。人型ロボットは、ちょうど人間の労働者が働くスペースに収まるのでロボットのためだけに特殊なスペースを新設する必要がない、というメリットもあります。

Foodlyは現在でも進化を続けており、2021年には鈴茂器工株式会社が開発する海苔巻きロボットと連携して海苔巻きを作る人型協働ロボット「Foodly スズモコラボモデル」が登場しました。このように、人型協働ロボットは食品業界に続々と進出しているのです。

「Work for Home」から「Work from Home」へ

登壇者3人目の東京⼤学⼤学院情報理⼯学系研究科・知能機械情報学専攻の岡田慧教授は、家庭用ロボット研究の最前線について発表しました。同教授が所属する情報システム工学研究室は、人の社会生活空間で活躍する知能ロボットの研究を続けてきました。同研究室は、とくに家庭で活躍できるロボットの研究に一貫して取り組んできました。そうした研究の成果として、家庭支援ロボットの制御機能をまとめた「認識行動統合ロボットソフトウェア基盤」がGitHubで公開されています。

岡田教授が研究してきたロボットの特徴を一言でまとめれば、「Work for Home(家庭のために働く)」と表現できます。こうしたなか、コロナ禍はロボット研究の方向性に影響を与えました。周知のようにコロナ禍によってリモートワークが要請されるようになった結果、Zoomを使ったリモート会議のように家庭内から家庭外に対してタスクを遂行する必要に迫られました。それゆえ、ロボット研究にも「Work from Home(家庭から働く)」という新たな方向性が求められました。

Work from Homeなロボットを開発するうえで重要なのが、入手しやすいデバイスで構成することです。あまりに大きかったり複雑だったりする装置は家庭で使うには不向きであり、またUI(User interface:ユーザインタフェース)は人々が慣れ親しんだものであるのが理想的です。こうした要求を満たすために、岡田教授の研究ではロボット制御UIにVRコントローラやウェブブラウザが用いられました。これらの研究は日本科学未来館における公開実験や、2021年に行われたリモート学位記授与式に結実しました。

岡田教授は、家庭用ロボット研究における今後の課題についても話しました。課題のひとつとして、ロボットの常時稼働が挙げられます。現状では、ロボットは何らかのタスクを遂行させるためだけに導入されます。そんなロボットは決められたタスク以外では不要であり、そのタスク以外の仕事をしません。しかし、非常事態への対応を含めた多種多様なタスクを遂行する将来のロボットの在り方を考えた場合、従来の単一タスク指向から方向転換して常時稼働しているのが望ましいのです。というのも、ロボットが常時稼働していれば、新たなタスクの遂行が必要になった時に、そのタスクに対応するようにロボットを転用できるからです。

ロボットの新規タスクへの対応に関連する課題が、ノーコード・ローコード型ロボット開発です。新規タスクに対応するようにロボット制御を変更する場合、習得に時間がかかるコーディングや専門知識が必須となるとユーザが限られてしまい、一般家庭に普及しないでしょう。一般家庭に普及するには、制御を簡単かつ直観的に変更できるノーコード・ローコード型ロボットが求められるのです。こうした課題に対して、情報システム工学研究室ではビジュアル言語によるロボットプログラミングに関する卒業論文のような取り組みがあります。

岡田教授によると、コロナ禍は学生の研究姿勢にも影響を与えました。前述の森山氏の発表で言及された通り、コロナ禍はロボットの導入動機を明確にしました。それゆえ、最近の学生は、より身近かつ切実な問題としてロボット研究に取り組むようになったのです。こうしたコロナ禍におけるロボット工学専攻の学生のなかから、実践的な課題を解決するロボットを開発する研究者や起業家が誕生するかも知れません。

ロボット協働型社会を実現するための課題

最後は東京大学大学院・工学系研究科精密工学専攻所属の淺間一特任教授が、ロボットの社会実装を推進するにあたって解決すべき課題を技術・社会・科学の3側面から発表しました。

ロボットの社会実装を進めるうえでの技術的課題のひとつとして、人間とロボットが相互作用するUIの設計があります。UIが不便だったり不快だったりすると、ロボットは日常的に使われないでしょう。人間に愛されるロボットのUIを設計するにあたっては、ロボット工学だけではなく人間の認知活動に関する知見も不可欠となります。

ロボットUIの設計に関連して、淺間教授は運動主体感に関する心理実験に言及しました。この実験は被験者の人間がディスプレイ上で(ドットを動かすような)何らかの操作を行う際に、結果が出力されるまでに任意の遅延を設けた場合、どの程度までの遅延であれば被験者が自ら操作したと感じるのかを調べるものです。実験結果は遅延が300ミリ秒を超えたあたりから自分が操作している感覚が薄れていき、1秒の遅延がある場合はもはや自分が操作したとは思わなくなる、というものでした。

以上の実験に関しては、操作の遂行を自動的に補助する処理を追加した発展系も知られています。発展実験の結果、補助処理を追加するとより運動主体感が強く感じられました。これらの実験結果は、ロボットによる作業の自動化と人間による操作感のバランスを設計する際に非常に役立つと考えられます。

ロボットの普及において社会的な課題となるのは、ロボットの安全性です。ロボットは人間に危害を加えてはならないのは当然として、さらに不測の事態でも安全が確保されるべきです。しかし、あまりに安全性を追求すると、ロボットにあらゆる事態を想定した対処法を実装しなければならなくなります。それゆえ、完璧な安全性を実現しようとすると、ロボットが実用化できない状況に陥ります。

安全性と実用化のバランスを考えるうえで用いられるのが、ALARP(As Low As Reasonably Practicableの略称)です。この考え方は、リスクに関して「許容できない領域」と「広く受け入れられる領域」を決定したうえで、このふたつの領域のあいだを許容可能な領域としてリスクを評価する、というものです。この考え方を採用すると、極端な安全性確保やその反対の極端なリスク度外視のどちらにも陥ることなく、当事者の利害に則して現実的にリスクを評価できます。

ロボット開発における科学的課題については、淺間教授はロボットとAIの関係に言及しました。現在のロボット研究における風潮のひとつとして、ディープラーニングに代表される高性能AIを実装すれば高性能なロボットが実現する、というものがあります。しかし、こうした風潮はやや短絡的すぎます。

特定の知的機能を抽出して実現するAIに対して、ロボットには機能を実現する物理的機構(簡単に言えば身体)が不可欠です。ロボット的身体はタスクを遂行するためのアルゴリズムや稼働環境に最適化されており、最適稼働状態から外れてしまうとロボットは十全に動作しなくなります。こうした最適稼働状態を無視してアルゴリズムを処理するAIだけを高性能化すると、おそらくロボットは稼働しなくなるでしょう。最適稼働状態を無視する「AI至上主義」的なアプローチに関して、淺間教授は人間の脳を魚に移植すると「頭のいい魚」が誕生するのかというたとえ話を引き合いに出して、ナンセンスであることを訴えました。



淺間教授の発表の後、質問を募ったうえで発表者4人によるディスカッションが行われました。ディスカッションで語られた興味深い見解を箇条書きにすると、以下のようになります。

  • 今後のロボット開発では、ロボット工学の専門家だけではなく、UIやロボット身体のデザイナー、人間の認知活動に詳しい心理学者も参加するべき。
  • (「ふぐ調理ロボットは実現するか」という質問に対して)現状の食品用ロボットによる作業は、最終的に人間がチェックしている。人間のチェックを不可欠な稼働条件にすれば、ふぐ調理ロボットも将来的には可能かも。
  • ロボット普及の速度は、業界ごとに異なると予想できる。結局のところ、ロボットを導入することで利益が上がるビジネスモデルを確立することが重要。
  • 外食用ロボットの導入が難しいのは技術的な問題だけではなく、外食においては「(人間である)誰が作ったか」が重要になるから。
  • 介護業界におけるロボット導入では、介護利用者だけではなく介護従事者のメリットも考えるべき。
  • ロボット導入はSDGs実現にもつながる。ロボットは女性や高齢者層の労働参加を可能にするので、SDGsの17目標のうち「ジェンダー平等」や「働きがいと経済成長」の実現に寄与する。


ディスカッションの後、司会を務めた東京大学次世代知能科学研究センターの松原仁教授は、コロナ禍は世界にネガティブな影響を与えた一方で、世界を再設計するまたとない歴史的なチャンスであることを指摘してシンポジウムを締めくくりました。そして、コロナ禍によって生じた歴史的チャンスにおいて、ロボットとAIが果たす役割は大きいと見て間違いないでしょう。

Writer:吉本幸記


~ シンポジウム全体の記録動画はこちらからご覧いただけます ~