法を分かりやすく使いやすいものにするAI駆動型リーガルテックの可能性

2023年3月13日、東京大学次世代知能科学研究センター連続シンポジウムの第13回がオンラインで開催されました。今回は「法制業務におけるAI活用の可能性を探る」というテーマで行われました。この記事では4名の登壇者の発表を要約することで、法を万人に分かりやすくて使いやすいものにする「法の民主化」の実現を目指すAI駆動型リーガルテックの可能性を展望します。

改善する絶好のタイミングでの提言

登壇者の発表に先立ち、東京大学AIセンター長の國吉康夫教授から今回のシンポジウムの開催経緯について説明がありました。2021年3月、第204回国会において、内閣提出の法案・参考資料等に多数の誤りがあることが発覚しました。この事態を受けて政府は「法案誤り等再発防止プロジェクトチーム」を立ち上げ、同年6月に当面の再発防止策を提出しました。しかし、この防止策は直近の対策として個々の担当者レベルの確認作業を徹底するという対症療法に近い内容が主でした。

2021年5月、上記プロジェクトチームのメンバーであった国立印刷局員より東京大学AIセンターに「法案誤りのAI校正の可能性」について相談がありました。この相談の後にAIセンターはタスクフォースを立ち上げ、国立印刷局と13回以上のミーティングを重ねつつ検討する中で、法案誤りは法案作成業務プロセスと共通法令データベースの運用に不備から生じているとわかりました。そして,共通法令データベースを中心とした業務プロセスの刷新をはじめとした多数の提言を行いました。その多くは、デジタル臨時行政調査会が2022年6月に発表した「デジタル原則に照らした規則の一括見直しプラン(案)について」に反映されていると思われます。

次いで國吉教授は、共通法令データベースを企業の業務システムと連携させて、法令の変更を自動的に企業活動に反映するシステムをはじめとした以下のようなAI駆動型リーガルテックの展望を語ることで、後続する登壇者の発表に共通する問題意識と方向性を共有しました。

法世界におけるIT実装の振り返りと最新事例

國吉教授の説明をうけて登壇した鹿児島大学司法政策教育研究センター所属の米田憲市教授は、「法制執務とAI活用」と題して、法実務におけるIT実装の歴史を振り返ったうえで、そうした歴史の最新事例である法制執務に対するAI活用について発表しました。米田教授によれば、法実務におけるIT実装の歴史は以下のような3段階に分けて捉えられます。

  • 草創期:1990年代に始まったIT革命に対応して進んだIT実装。法制執務をふくむ法実務関連文書をワードプロセッサやPCを利用して電子的に作成することが普及し、デジタルでの保存が進んだ。デジタル文書の利活用に関してはインターネットでの公開が試みられたが、そうした試みは散発的なものに留まった。利活用事例には鹿児島大学が2000年に公開した「全国条例データベース」のほか、「法庫」などボランティア的な取組みがあった。
  • 司法制度改革期:2000年代に進められた司法制度改革に対応したIT実装。法科大学院の設立に伴って法曹人口の増加が予想されたので、判例や法令、主要雑誌記事などの法関連情報を、ネットワークを通じて情報共有する環境の整備が進んだ。しかし、法令情報のリアルタイム性と正確性の担保、公開される判例情報の偏りの問題が指摘されるようになった。
  • リーガルDX期:コロナ禍を踏み台として、文書だけではなく法的コミュニケーションへのICT技術の普及が進み、法関連情報の情報共有のニーズが一層高まり、その情報をテクノロジーで効率的に利活用しようとする状況に至った。e-Gov(とくに法令検索)のリアルタイム性と正確性の改善が進み、民事判決情報データベース化検討会が設置されたりした。法文をソフトウェア開発におけるコードのようにとらえる「RaC(「Rule as Code(コードとしての法規)」の略称)」というアイデアが発見されたことにより、法制執務に対してソフトウェア工学やデータサイエンスの知見を応用する試みが始まった。こうした動向において今後期待されているのは、法制執務に対するAI活用である。

米田教授はリーガルDX期にある現在における法制執務のIT実装事例として、「全国条例データベース powered by eLen」を実際に使いながら紹介しました。このデータベースは全国の地方自治体の条例を検索・閲覧できるものですが、便利な機能として類似した条例をグルーピングする分類機能と内容を比較閲覧できる比較機能があります。

さらに便利な機能として、比較閲覧した条例の文言を活用して条例作成におけるテンプレートを表示するテンプレート機能があります。条例を作成する際には前例を踏襲するのが基本となるので、この機能を使えば条例作成を効率化できます。

米田教授は、AIによる条例案作成の可能性を示す事例としてChatGPTによる条例案作成のデモも行いました。そのデモでは同AIに「鹿児島市の空き家等の適正管理に関する条例案を作って下さい。」と入力すると、条例案が出力される様子が確認できました。

最後に米田教授は法制執務のIT実装に関する議論の展開として、法制執務をはじめとする以下のような観点をまとめたスライドを提示して発表を終えました。

制度デジタルツインを実現するまでのロードマップ

2人目の登壇者であるデジタル庁で参事官補佐を務める山内 匠氏は「法制執務業務における現状と将来」と題して、法制執務業務における現状の課題と将来のデジタル法制像とその実現プロセスについて発表しました。

山内氏は、現状の法制事務が人間による手作業や目視に頼っている現状を指摘することから発表を始めました。こうした現状は、ヒューマンエラーの誘発や労働時間の増大といったリスクを抱えています。この現状をふまえてデジタル庁は法制事務のデジタル化による業務効率化を目指して、法制事務のデジタル化検討チームをたち上げました。このチームには1人目の登壇者である米田教授が参加しています。

続いて山内氏は、法制業務の遂行を人手に頼っていた原因として以下のような3項目を挙げました。

  • 法制事務ワークフローの課題:現在の法制事務ワークフローは、紙文書を対象として構築されたものに断片的にデジタル技術を活用する一貫性のないものとなっている。
  • 見えにくいルールの全体像:法令を理解するためには、それに関連して作成された下位法令やガイドライン等を確認する必要がある。しかし、こうした関連文書がデータベースとして管理されていないことがしばしばある。
  • ルールの機械分析性への課題:公開されている法文書からテキスト抽出・検索できない場合がある。また、文書間の関係や定義語がデータ化されていないため、高精度な文書検索を実現できない。

山内氏は、以上のような課題を解決して法令等のデータ化が完備された場合に可能となる利活用事例に言及しました。そうした事例には過去のニュースやツイートを分析して、近い将来に改正が必要な法令等を予測するといったものがあります。さらに同氏は諸外国における法令等データを活用した高度な政策立案の事例として、法令を機械実行可能な形式で記述・シミュレーションするRules as Codeの取り組みを紹介し、ニュージーランドのBetter rulesなどを例示しました。

山内氏は、目指すべきデジタル法制像とそれを実現する過程を提案するデジタル法制ロードマップについても話しました。このロードマップは、以下のような6段階から構成されています。

  • フェーズ0(現状):人間による手作業に依存する業務が混在。法文書の機械分析性も低い。
  • フェーズ1(法令ベースレジストリ):法令ベースレジストリを構築して法文書の機械分析性を向上させ、データの相互参照・相互連携を可能とする。
  • フェーズ2(コネクテッドデータ):法文書間の関係がデータ化されて、統一的APIで容易に相互連携可能。法文書に関連したガイドライン等が迅速に閲覧できる。
  • フェーズ3(法令オントロジ):法令用語の意義・論理関係などの意味論的情報が整備される。自然言語処理による法令の分析が可能となる。
  • フェーズ4(法令静的分析):法令の論理構造がデータ化されることで、法令の矛盾等が自動的に特定できるようになる。
  • フェーズ5(制度デジタルツイン):法令を仮想空間上でシミュレーション可能となる。シミュレーション結果から法令の効果を自動分析できるようになる。

現状のフェーズ0からフェーズ1に進む施策として、山内氏は「法令データを支える事務環境の整備」「法令ベースレジストリの拡充」「法令データの利活用・分析促進のための環境整備」を挙げたうえで、法制業務のデジタル化には法制分野だけではなく、コンピュータサイエンスとしての研究も必要で、さらに将来のフェーズに向けては経済学、認知科学、社会学といった多分野における人材の協力も不可欠と述べて発表を終えました。

官報の現状とAI活用によって見えてくる可能性

3人目の登壇者である国立印刷局で経営企画室長を務める有田久男氏は「法令公布における官報情報」と題して、官報をめぐる現状と官報関連業務にAIを活用することで見えてくる可能性について発表しました。

まず有田氏は、自身が所属する国立印刷局について説明しました。同局は1871年に大蔵省紙幣司として設立され、そのトップには渋沢栄一が就きました。2003年に独立行政法人になり、主な事業は日本銀行券(つまり日本紙幣)や官報の編集とインターネット配信があります。

国立印刷局が手がける官報とは法令や政府情報等の伝達手段であり、毎日の発行に加えて、災害発生のような緊急時には特別号外が発行されます。官報に掲載する情報には憲法改正や法律などの公文と政府調達広告をはじめとした公告があります。法令は官報の発行をもって公布されます。

官報はすでに紙版と電子版の両方が発行されており、2023年1月には電子版官報も紙版と同等の効力を有するという閣議了解がなされました。こうした了解をうけて、有田氏は電子版官報の効力を紙版のそれと同等とするに伴って想定される論点をまとめました。その論点は紙版では生じなかった問題を扱う新たな論点と、紙版でも取り組まれていた引き続きの論点に大別され、新たな論点には以下のような5項目が挙げられます。

  • 改ざん防止:電子署名によって文書の真正性を証明する。また、タイムスタンプを付けることで改ざんを防止する。
  • 長期保存:電子文書の保存場所や保存媒体、ファイル形式を定義しなければならない。
  • プライバシー保護:官報にもとづいて作成された「破産者マップ」のような問題に対処しなければならない。
  • データの利活用:データの世代管理を徹底し、編集したデータの権利義務関係を明確にする。一般的には官報には著作権がないと解釈されているが、インターネット版官報には「官報を基に国立印刷局が編集・作成したものであり、その範囲内において著作権が発生する余地がある」と考えられている。
  • 法令公布の時点:法令の公布時点は、それが記載された紙版官報の発行日の午前8時30分とされる。電子版でも紙版の決定を踏襲するか、配信時を公布時点とするかを決める必要がある。

引き続きの論点とは、以下のような2項目です。

  • 正確性:紙版官報の正字率は99.99996%。電子版官報でも同様の正確性を維持しなければならない。
  • 外字の扱い:電子版官報でも常用漢字以外の外字に対応する必要がある。もっとも、外字については代表的な字に統合する動きがある。

有田氏は電子版官報の運用にAIを活用した場合に考えられる可能性として、利用者の利便性向上を挙げました。こうしたメリットは、利用者の属性別に以下のスライドのようにまとめられます。

有田氏はAIを活用することで、電子版官報の編集作業の効率化AI支援による校正が可能となるとも語りました。最後に法令等に関する正確な情報をタイムリーに発信するだけではなく、過去の情報も漏れなく蓄積することで利便性や効率性の向上が期待できる、と述べて発表を終えました。

世界的に活用が進む法令ベースレジストリ

4人目の登壇者であるデジタル庁所属の平本健二氏は「諸外国における法令ベースレジストリ」と題して、諸外国で開発・活用されている法令ベースレジストリについて発表しました。

はじめに平本氏は、そもそも法令データに何が求められていることとして法令データを「探せること」「活用できること」「関連情報が入手できること」の3項目を挙げました。諸外国ではこうした要求事項を満たせるような法令データレジストリを開発・活用してます。今回の発表では、同氏は欧州を中心に以下のようなさまざまな法令データレジストリ事例を紹介しました。

e-Justiceとは、EU全域の司法制度や司法アクセスの改善に関する情報を23の言語で提供しているポータルサイトです。結婚などの家族制度に関する法律、企業登録や土地の登記といったビジネスに関する法律等を調べられます。

ELI(European Legislation Identifier)とは、EU域内の法令に共通の識別子を付与する制度です。この制度にしたがって法令に識別子を付与することで、法令や法文書のあいだの関係を把握できるようになります。この制度では、法令にメタデータを付与することも定めています。

Lynxとは、法律をナレッジグラフで表す欧州委員会が出資するプロジェクトです。ナレッジグラフとは知識相互の関係を可視化したグラフであり、同プロジェクトでは既存の資料にidやメタデータを付加して、ナレッジグラフの拡充を図っています。

2人目の登壇者であった山内氏が話した「法令オントロジ」と同等の「リーガル・オントロジ(Legal Ontology)」を整備する試みが、欧州各地で取り組まれています。具体的には類似する法律用語の意味を明確にして、法律用語の揺れの防止を目指しています。
LEOS(Legislation Editing Open Software:「立法編集オープンソフトウェア」の略称)とは、法律作成を支援するために設計された言わば「立法版GitHub」とも言えるオープンソースのソフトウェアです。適切な法律用語を選択できるようにプロパティ辞書とも連携しています。

1人目の登壇者であった米田教授が言及したRaC(Rule as Code)も紹介されました。法律をソフトウェア工学におけるコードのように見なすこのアイデアでは、コーディングに精通しているわけではない法務担当者でもわかるように法律を擬似コードとして記述する試みも行われています。

EUでは公開された判例の利活用を推進することを目的として、2020年には判例を対象としたオープンソースデータコンテストが実施されました。こうしたコンテストに出展したソリューションには、美しいビジュアルで判例相互の関係を可視化したLeReTo社のSmartfilesがあります。このソリューションは後に事業化されました。

以上のような法令データレジストリを開発する試みは、テクノロジーによって法制業務を改善するリーガルテックの一環と見なせます。平本氏は、そもそもリーガルテックが必要とされる要因として以下のスライドにまとめた4項目を挙げました。

最後に平本氏は法律策定や法律執行に関して必要となる情報が現状ではほんの一部しか無料公開されていないこと、また法文書の書法に統一性がないことといった問題を指摘したうえで、こうした問題の解決がAI駆動型リーガルテックの導入と普及を可能にするのではないか、と述べて発表を終えました。


平本氏の発表後、登壇者4名のほかにホストの松原仁教授、東京大学法学部所属の宍戸常寿教授、同じく東京大学法学部所属の加藤淳子教授が加わったうえでパネルディスカッションが行われました。ディスカッションで語られた興味深い見解の一部を箇条書きにすると、以下のようになります。

  • (登壇者発表をうけて宍戸教授が発言)法令レジストリをはじめとするデジタル法制は、社会活動のプラットフォームとして機能し得る。デジタル法制により議員立法がやりやすくなる一方で、立法プロセス自体のデジタル化が遅れている。総じてリーガルテックは法の民主化を促進するので歓迎すべきこと。
  • (登壇者発表をうけて加藤教授が発言)デジタル化が遅れている理由には、デジタル化によって法制業務がかえって難しくなるという思い込みがある。デジタル法制化を推進するためには、ユーザがわかりやすいシステム作りが重要。ユーザにとってのメリットは何かを明確に提示すべき。
  • (山内氏発言)リーガルテックによって担当者が政策立案に集中できるようにするのが目標。デジタル法制システム導入後の改善効果評価も重要。
  • (平本氏発言)RaCの動向のひとつとして、ニュージーランドでは法令案に実際に数値を代入してシミュレーションして法令を作成している。フランスでは法令自体をモジュール化して、それらを組み合わせて新法令を作るという試みもある。
  • (「AIを使って法律文を一般国民にもわかりやすく説明できるのではないか」というシンポジウム視聴者の質問に対して、有田氏回答)わかりやすさの一側面には、間違いの少なさがある。法令文ではわかりやすい表記や文字を使うようになってきている。利便性の向上については、法令文の正確性が重要となる。
  • (以上の質問に対する國吉教授の回答)「法律をわかるAI」を開発するには、AIが法令文をわかるだけではなく、法令の周辺情報を理解する必要があり難易度が高い。AIが国民一人ひとりの顧問弁護士のような存在になるのが究極の目標。
  • (AIによる法律文書の理解可能性に関して、松原教授発言)AIにとってわかりやすい文章構造があるが、その構造は人間にとってもわかりやすいものとは限らない。法令文を作成する際に、AIにとってのわかりやすいさを考慮すると法制業務におけるAI活用が進むかも知れない。
  • (米田教授発言)デジタル法文書のデータ保存に関するルール作りをしないと、ある未来の時点でそれらの文書が閲覧不可能になる恐れがある。

以上にまとめたようにテクノロジーによって法関連業務を効率化するリーガルテックには、法制業務を効率化したり、国民が法情報を利用しやすくしたりするような期待が寄せられています。そして、AI駆動型リーガルテックによって、法改正の必要性の予測のような新次元の法制業務が可能になると考えられます。こうした法制業務におけるAI導入に際しては、単に業務の省人化・無人化を目指すのではなく、人間とAIが互いの長所を生かせるような体制作りが重要となるでしょう。

Writer:吉本幸記


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