宇宙開発におけるAI活用の現状と新たな宇宙開発ビジネスでのAIの重要性

2021年10月18日、東京大学次世代知能科学研究センター連続シンポジウムの第4回がオンラインで開催されました。今回のシンポジウムは、「宇宙開発と人工知能」というテーマで行われました。この記事では4名の登壇者の発表を要約することで、宇宙開発でAIの活用が進まない理由や宇宙開発事業の新潮流についてまとめていきます。

歩み寄れない2つの理由

1人目の登壇者であるJAXA所属の堤 誠司氏は、同機構でのAI活用事情について発表しました。日本の宇宙開発政策の実現を担ってきたJAXAでは、ロケットエンジンの異常検知・診断技術などでAIの活用が試行されています。

研究対象としている再使用ロケットにはその動作を監視するセンサーが59個搭載されており、センサーが収集するデータは波形として表現されます。この波形の特徴は、AIによって抽出されて位相面軌道と呼ばれるグラフで可視化されます。何らかの異常が生じた場合、位相面軌道は通常のかたちから逸脱するので異常を視覚的に確認できるのです。

ロケットエンジンの異常検知のほかにも、堤氏が所属する部署では以下のスライドで列挙されたようなAIを活用する研究が進められています。

さまざまなAI活用研究がある一方で、宇宙開発はAI活用が容易な言わば「AIと相思相愛な」研究分野とは言い難いものです。宇宙開発においてAI活用が進まない理由は、2つあります。1つ目の理由は、ディープラーニングをはじめとした現代的なAI技術に不可欠な学習データが宇宙開発においては不足していることです。宇宙開発ではほかの研究分野に比べて失敗が許容されないので、異常なデータがそもそもあまり存在しません。しかしながら、異常なデータはAIが異常なケースを学習するうえで不可欠なものです。

データ不足を解消するために、足りないデータを人工的に生成するデータ生成が試みられています。もっとも、データ生成によって得られるデータは、実際の人工衛星やロケットから得られるそれを単純化したものに過ぎません。それゆえ、生成されたデータの活用には精度に限界があることに留意しないとなりません。

2つ目の理由が、人工知能研究者と宇宙開発者の思惑が一致しないことです。人工知能研究者は、自身が開発したAI技術の可能性を熱心に触れ回るものです。しかし、そうしたAIの可能性が、宇宙開発者が求めている技術に必ずしも該当するわけではありません。このような思惑の不一致は、宇宙開発とAIにおけるシーズとニーズの不一致と表現できます。

シーズとニーズの不一致を解消する試みとして、JAXAは東京大学で社会連携講座を開講しています。この講座は、東京大学の航空宇宙⼯学の研究者だけではなく、IHIやみずほリサーチ&テクノロジーズのような民間企業も参画しています。

現状では宇宙開発におけるAI活用には障壁がありますが、以上のようなJAXAの取り組みによって障壁が少しずつ取り除かれることでしょう。

相互不信を乗り越える3つの提案

2人目の登壇者の東京大学先端科学技術研究センターに所属する矢入健久教授も、「どうして人工知能は宇宙開発で使ってもらえないのか」と題して宇宙開発におけるAI活用の課題と解決策について発表しました。

矢入教授が考える宇宙開発でAI活用が進まない理由は3つあります。1つ目の理由は、宇宙開発が求める信頼性・確実性にAIが応えられないことです。宇宙開発はプロジェクト予算が大きいうえに取り組む期間も長いため、失敗が許されない傾向にあります。それゆえ、宇宙開発ではほかの研究分野と比べて高い安全性や信頼性が求められます。こうしたなか、人工知能研究者が活用してほしい最先端AI技術は、宇宙開発者が求めるほどの信頼性をまだ実証できていないので、宇宙開発でなかなか採用されないのです。

2つ目の理由が、前出の堤氏が言及したようなデータ不足です。学習データを教師あり学習のようには必要としない強化学習ならば活用できそうに思われますが、宇宙開発においては強化学習で不可欠な試行錯誤が困難なので使えません。もっとも、宇宙開発で例外的にデータが豊富な研究分野があります。それは、人工衛星や探査機によるリモートセンシングの研究です。例えば、AIが月面や惑星表面のクレーターを高速に認識し数え上げることなどが可能です。

3つ目の理由が、AIの定義に関わるものです。実のところ、宇宙開発ではプランニングのようなAI研究によって誕生した技術が数多く活用されています。しかしながら、こうした技術はAI技術として認知されていません。普及して信頼されるようになったAI技術は、もはやAIと呼ばれなくなるのです(この現象は「AI効果」と呼ばれています)。一方でディープラーニングのような現在AIと呼ばれる技術はまさに信頼を獲得する途上にあるので、宇宙開発にはなかなか採用されません。

矢入教授は、以上のような3つの理由により、宇宙開発者と人工知能研究者は相互不理解・相互不信に陥っていると考察します。こうした不信感を緩和する解決策として、同教授は3つの施策を提案します。

1つ目の提案は、難易度の低いミッションから協力し合う言わば「友達」から始める施策です。AIによる宇宙船の完全自律化のような野心的な目標をかかげても、宇宙開発者と人工知能研究者の相互不信は深まるだけでしょう。もっと難易度の低い宇宙飛行士の負荷を軽減するような支援的AIの導入であれば、互いに歩み寄れる可能性があります。

2つ目は、宇宙開発事業のオープン化です。例えば、打ち上げコストの小さい超小型衛星の完全自律化のようなミッションを宇宙開発者が人工知能研究者に提供すれば、協力体制を構築する足がかりとなるでしょう。

3つ目は、人工知能研究者側の歩み寄りです。具体的には、プランニングのような、もはやAIと呼ばれなくなった技術をあえてAIと呼ぶことによって、宇宙開発者にAIに対する親しみや信頼感を持ってもらうのです。

以上のような矢入教授が提案する宇宙開発におけるAI活用促進策の核心は、画期的な技術的ブレイクスルーのようなものではなく、宇宙開発者と人工知能研究者が心理的に歩み寄ることにあります。それゆえ、十分に実行可能な施策と言えるでしょう。

宇宙開発にやさしいAI

3人目の登壇者のNEC宇宙システム事業部に所属する大塚聡子氏は、同社の宇宙開発事業の概要と自身の経験から導かれた宇宙開発に活用しやすいAIについて発表しました。

国内大手メーカーであるNECは、実世界のモノやイベントをICT技術によってサイバー世界でのデータとして「見える化」し、そのデータを「分析」して問題に「対処」することで社会的価値を創造するというフレームワークをかかげています。同社が研究開発するAI技術もこうしたフレームワークに則っており、「見える化」は「認識・理解」するAI、「分析」は「予測・推論」、「対処」は「計画・最適化」が対応しています。

NECのフレームワークにしたがったAI技術は、「NEC the WISE」として体系化されています。この体系には「見える化」を実現する顔認証や音声認識、「分析」を実行する自然言語処理や(異常を検知する)インバリアント分析、「対処」を担う予測型意思決定最適化などがふくまれています。

NECの宇宙開発に関しては、日本国内で人工衛星を設計・開発から運用まで一貫して取り組んでいるほか、ロッキード・マーティン社と事業提携しています。具体的には、NEC the WISEにふくまれている異常を早期検出するインバリアント分析エンジンをロッキード社の宇宙開発用分析プラットフォーム「T-TAURI」に提供しています。

大塚氏は、インバリアント分析エンジンの運用から得た興味深い事例を紹介しました。同エンジンは、正常状態から外れた状態を異常として検知するようにモデルを設定します。エンジンの性能評価として、ある異常発生前の正常状態を学習したモデルで評価をしていたところ、目的としていた異常以外の未知の異常予兆を検知したことがありました。

この事例から、AIを活用すれば人間が想定していなかった異常をも検知できるようになる可能性がある、と言えます。


大塚氏は、自身の経験にもとづいて宇宙開発でAIを活用するにあたっての3つの難点も挙げました。1点目は、宇宙システムのデータをAIに活用する際の難点です。宇宙システムのデータは、そもそもAIに活用する前提で収集・整理されていません。そのため、件のデータをAIで活用できるように整形する前処理が難しかったのです。今後は宇宙システムのデータをAIで使いやすいようにフォーマットを変える必要があります。

2点目は、データ分析に関することです。AIを導入すると、導入前は属人的だったデータ分析が自動化されて一貫性が担保されるようになります。その一方でAIの導入自体は、適切なスキルのある人材が担当しなければならない属人的な業務です。AIを活用するには、やはりAI人材の確保あるいは育成が不可欠なのです。

3点目が、AI活用の効果を検証する際の難点です。例えばAIによって異常検知の精度が既存技術より向上したとしても、AIによって高精度を実現できる理由を説明できないと、本格導入するには説得力に欠けるでしょう。ディープラーニングのようなAI技術は、多数のパラメータが複雑に関係し合って予測値を算出しているため、その処理過程が人間には直感的に理解しづらいという問題を抱えています。この問題は、「説明可能なAI」の実現というかたちで解決の途上にあります。

以上のような難点をひとつずつ克服していけば、宇宙開発に活用しやすい「やさしいAI」が実現するでしょう。

コンステレーションへのゲームチェンジ

4人目の登壇者の東京大学大学院工学系研究科に所属する中須賀真一教授は、宇宙開発事業の新潮流とその新潮流におけるAIの重要性について発表しました。

中須賀教授によると、日本政府における宇宙予算は4,500億円であり、国内の宇宙事業における官需率は92%になります。このことは、日本の宇宙事業が国主導で行われており、民間企業がほとんど参画できていないことを意味します。こうした現状は、宇宙事業は大規模な予算が必要なうえに失敗が許されないことに起因しています。

最近になって、参入障壁が高い宇宙事業に新たな展開がありました。さまざまな規模と撮影能力の人工衛星が開発されるようになったことで、民間企業が宇宙事業に参入するようになったのです。民間企業による宇宙事業がさかんなのはアメリカです。同国における民間宇宙事業の代表は、イーロン・マスク氏が率いるSpaceX社が展開するStarlinkです。同事業は、合計で12,000機の人工衛星を打ち上げて宇宙空間にインターネットを構築するというもので、すでに1,500機程度の打ち上げが完了しています。

Starlinkのような宇宙事業には、低軌道で動作して解像度が高い人工衛星を大量に連携運用する必要があります。こうした低軌道な人工衛星を連携させる技術は、コンステレーションと呼ばれます。低軌道コンステレーションを活用すれば、高解像度な衛星画像を頻繫に撮影できるようになって防災・安全保障、さらには農林水産業等に活用できるようになります。

コンステレーションを実現するうえで、有用な技術がAIです。大量の人工衛星を連携させるには、個々の衛星を自律的に運用できるようにするのが望ましいです。こうした自律的運用の実現に最適な技術が、AIというわけなのです。また、多数のAIエージェントをひとつの群として制御する技術であるSwarm Intelligenceも、コンステレーションに活用できます。

宇宙開発事業の展開を長期的に見た場合、月面基地の建設や火星探査の実施が確実視されています。例えば、NASAのアルテミス計画は2024年までに月面に人間を着陸させた後、月面基地の建設を予定しています。月面基地の建設や火星探査で重要になるのは、ロボットが自律的に諸々のタスクを実行することです。というのも、月や火星に人員を輸送するには莫大なコストがかかるので、さまざまな活動を可能な限りロボットで実行するのが望ましいからです。宇宙で活動するロボットを動作させるにはAIが不可欠なので、宇宙事業が進展するにつれてAIの需要がより高くなると予想できます。


中須賀教授の発表後、登壇者4人によるディスカッションとシンポジウム参加者から募った質問に対する登壇者からの応答が行われました。ディスカッションと質疑応答で語られた興味深い見解を箇条書きにすると、以下のようになります。

  • 現状の膨大なコストと時間を要する宇宙事業を小規模なものに変えるべき。宇宙事業の小規模化によって試行錯誤する余地が生まれて、民間企業の参画を促進できる。SpaceXはロケット打ち上げに失敗しても、2~3日で改善して次のロケットを発射する。
  • 宇宙開発に活用するAIにふさわしい検証体制を構築すべき。こうした検証体制が確立されれば、AIの活用が進むはず。
  • 宇宙活動のデータを安全に収集しながら学習できる「セーフラーニング」の研究が急がれる。
  • (「宇宙開発にインスパイアされたAI技術開発はあり得るのか」という質問に対して)ロケット噴射のような高度な物理シミュレーションの成果は、ニューラルネットワークによる自然現象のシミュレーションに応用できる。
  • 宇宙船の自律運行には、ヒト型ロボットが不可欠なわけではないだろう。宇宙船自体がAIかつロボットになる可能性もある。映画『2001年宇宙の旅』に登場するAI「HAL9000」は、人型ロボットではなく宇宙船と一体となった存在だった。
  • ロボットを組み立てるロボット生産ロボットは、未来の宇宙開発で活躍するかも知れない。こうしたロボットは自らの耐用年数が経過する前に子ロボットを生産する自己繁殖によって、長期的に自律活動を継続できると考えられる。

以上のように「宇宙開発と人工知能」をテーマにした今回のシンポジウムは、宇宙開発におけるAI活用の悲観的現状の考察から始まり、次いで民間企業におけるAI活用事例が紹介され、最後に今後の宇宙開発事業におけるAIの重要性を確認するものとなりました。現状では宇宙開発者と人工知能研究者が反目し合っている感が否めませんが、宇宙開発者がAIの重要性に気づき、同時に人工知能研究者が宇宙開発の大きな可能性を認識すれば、両者は相思相愛の関係になれるのではないでしょうか。

Writer:吉本幸記


~ シンポジウム全体の記録動画はこちらからご覧いただけます ~