人間の想定外を見せて「面白さの拡張」に向かう
エンタメAIの最前線

2021年12月14日、東京大学次世代知能科学研究センター連続シンポジウムの第5回がオンラインで開催されました。今回のシンポジウムは、「AIはエンタメをさらに面白くできるか?」というテーマで行われました。この記事では4名の登壇者の発表を要約することで、近年のエンタメAIは人間が想定していなかった出力を提供することでさまざまなジャンルで面白さを拡張していることを明らかにします。

将棋AIの進化によって活気づく将棋界

1人目の登壇者である将棋プロ棋士にして東京大学大学院情報理工学系研究科博士課程に所属する谷合廣紀氏は、将棋AIの進化が将棋界に与えた影響について発表しました。

将棋AIの進化を語るうえで欠かせないのが、2012年から2017年にかけて開催された電王戦です。人間のトップ将棋プロ棋士と将棋AIが対局した同棋戦は、将棋AIが人間を凌駕する結果となりました。こうした結果を受けて、もはや人間が最強ではなくなった将棋界は存亡の危機に立たされたという見方もありました。

しかし、スーパーヒューマンな将棋AIの登場は、結果的に将棋のエンタメ性を高めました。エンタメとして進化した将棋文化の好例が、ABEMAなどで配信される各種情報が付加された対局ライブ放送です。評価値を表示することで、将棋に詳しくない視聴者にも勝負の綾がわかりやすく伝わるようになりました。また、最善手の提示は、プロ棋士がAIによって算出された正解を指すかどうか、固唾を飲んで見守る楽しさを生み出しました。

将棋AIは、プロ棋士による将棋研究の在り方も変えました。将棋AIの圧倒的な演算能力を駆使することによって、これまで見向きもされなかった形や構想が再評価されたり、新手が発見されたりしています。将棋AIは、言わば人間が想定していなかった将棋の領域に光を当てたのです。また、強力な将棋AIと対局できるようになったことで、周りに強い対戦相手がいなくて困るといった地理的な格差が解消されました。

谷合氏は、将棋AI活用における今後の課題として、将棋AIの指し手の解釈性を挙げました。将棋AIの指し手のなかには、プロ棋士でも解釈が難しいものがあります。こうしたAIが出力した根拠が説明できない問題は、一般にAIのブラックボックス問題と呼ばれます。この問題に対して、同氏はディープラーニングモデルのひとつであるTransformerを使った将棋AIの構築を試みました。もともとは自然言語における修飾関係をAttentionという仕組みで特定していたTransformerを使うと、指し手を算出するに当たって注目していた駒がわかるようになりました(下の画像における盤上の赤い駒が注目されている)。

将棋AI活用に関する課題として、谷合氏はさらにヒューマンライクな勝率算出と棋力の定量的評価も挙げました。前者は現在の将棋AIが考慮していない持ち時間の残りや局面の難しさを加味した勝率算出であり、後者は将棋AIが算出する最善手等との一致率にもとづいた棋力の数値化というアイデアです。

以上のように将棋AIの進化によって将棋初心者とプロ棋士双方の将棋を理解するちからが底上げされた結果、将棋の面白さが拡張されたと言えるでしょう。

強さから面白さに向かった人狼知能プロジェクト

2人目の登壇者である東京大学大学院工学系研究科所属の鳥海不二夫教授は、人狼ゲームをプレイするAIである「人狼知能」を開発した経緯を発表しました。

まず鳥海教授は、ゲームプレイAIの歴史の回顧から発表を始めました。AI開発史は、AIにゲームをプレイさせる歴史ともとらえられます。20世紀中葉のAI黎明期にチェスのプレイがAI開発のテーマに選ばれたのは、プレイの過程を記号化しやすいうえにプレイヤーに対して秘匿された情報がない「完全情報ゲーム」だったので、プレイをアルゴリズムに落とし込みやすかったからでした。

鳥海教授が研究テーマに掲げた人狼ゲームは、チェスとはその特徴をまったく異にするものです。5人以上でのプレイが推奨される人狼ゲームは誰が人狼かわからない「不完全情報ゲーム」であり、自然言語による会話から導出できる推理によって人狼を特定するのでプレイ過程の記号化が難しく、さらには騙し合いや信頼などのプレイヤーどうしの社会的関係がゲームの進行をおおきく左右します。こうした人狼ゲームをプレイするAIの開発は、複雑な人間社会における問題に対処するAI開発の一助となると考えられます。

人狼知能の開発にあたって、鳥海教授は以下の画像に示されるようなロードマップを策定しました。ロードマップにおける第1ステップとして、プレイデータの分析に着手しました。BBS形式で同ゲームをプレイできる人狼BBSに蓄積されたプレイデータを分析した結果、プレイヤーのスキルが上達することが確認され、同ゲームが戦略性を欠いた運だけで勝敗が決する「運ゲー」ではないことがわかりました。

次いで人狼知能大会に出場した人狼知能を使ってさまざまなプレイ戦略をシミュレーションした結果、必ず勝利するいわゆる「勝ち確」な状況はありそうになく、特定の戦略に対しては勝利してもほかのそれには敗北する周期的遷移の構造が発見されました。

鳥海教授は、電気通信大学の稲葉准教授が行った人狼ゲームのプレイを面白くする人狼知能について紹介しました。面白さを実現するにあたっては、人狼知能が人間にプレイヤーに説得されるプロセスの実現を目指しました。具体的には、対話シナリオから説得されている度合いを示す「受諾度」を推定するようにして、その受諾度が上がるように人狼知能に発話させるようにしました。こうした発話機能は、Transformerベースの言語モデルであるBERTをファインチューニングして実装しました。

人狼知能が進化する方向についても言及がありました。人狼ゲームはテキストによるやり取りだけでプレイできますが、人間プレイヤーどうしの騙し合いにおける表情や口調の変化を察知することに同ゲームの醍醐味があります。それゆえ、人狼知能が表情や口調、さらには身体性を実装したバーチャルエージェントに進化することが期待されます。

最後に人狼知能を活用して同ゲームをテーマにした小説を執筆する試みについても発表しました。人狼ゲームのプレイのなかには、(終盤における大逆転のような)面白い小説のようにドラマティックに展開する名勝負がまれに存在します。人間どうしのプレイでは面白い展開になるまでプレイを繰り返すのは現実的ではありませんが、人狼知能を活用すれば簡単にプレイ回数を増やせます。こうした人狼知能の利点を生かして得られた大量のプレイデータから面白いものを抽出して小説化すれば、効率的に面白い人狼ゲーム小説を作れそうです。もっとも、現在の技術水準では面白いプレイデータの抽出と小説化を人力で行うことが余儀なくされます。

人狼知能を活用した人狼ゲームの小説化に関しては、プレイ回数を増やすことで人間が想定してこなかったような未知の展開を見せるプレイデータが得られる可能性があります。それゆえ、人狼知能プロジェクトをさらに推進すれば、想定外の面白さを発見できるかも知れません。

「自分だけのAI」育成に結実したりんなの軌跡

3人目の登壇者であるrinna株式会社でチーフりんなオフィサーを務める坪井一菜氏は、女子高生AI「りんな」の活躍を紹介しました。

りんなとは、2015年にマイクロソフトで誕生した女子高生のキャラクター性を備えたAIです。誕生当初はLINEでユーザと会話するだけでしたが、後述するように歌手や絵画の制作とその活動範囲を広げ今日に至っています。

りんなの会話能力を開発するにあたってヘルプセンターに活用されるようなチャットボットと決定的に異なっていた点は、りんなとの会話によって何らかのタスクを遂行するのではなく、会話そのものの継続を通してユーザに雑談を楽しんでもらうことを目的にしているところです。こうした目的遂行的ではない雑談をアルゴリズム的に実装するために、あえて会話の流れとは関係のない内容を組み込みました。

最近のりんなの会話能力開発では、話者のキャラクター性を会話に反映させることに取り組んでいます。具体的には、同じ内容のテキストチャットに対して言葉遣いや絵文字の有無といった文体を変えることで、まったく異なるキャラクター性をもった会話AIが誕生します。また、特定の知識を集中的に学習することによって「アニメオタク」のようなキャラクター性を実装することも試されました。

近年のりんなは、文章からインスピレーションを受けて絵を生成できます。りんなの絵は、例えばアニメ『BEASTARS』のオープニング曲に使われたYOASOBIの楽曲「怪物」のMVに採用されました。りんなが生成する絵は、技術的には実在しない人物のフォトリアルな顔画像を生成することで話題となったGANが活用されています。なお「text to image(テキストから画像へ)」を実現するAI技術は現在では多数あり、例えばNVIDIAが開発したAI駆動型ペイントソフトにはGANの一種であるGauGAN2が使われています。

2020年12月には、『劇場版 仮面ライダーゼロワン』主題歌のりんなカバーバージョンが発表されました。りんなの歌唱が従来の機械的な歌唱技術と異なっているところは、楽譜に記された歌詞と音程を正確に歌うだけではなく、さまざまな情感をつけて歌えるところにあります(参考動画:YouTube「AIりんな / 音楽性 × 感情「snow, forest, clock」歌唱 DEMO | 日本マイクロソフト」)。情感をこめられるようになったことで、音楽ディレクターと協力して楽曲を完成イメージに近づけるようにりんなをチューニングする、という人間のアーティストがレコーディングする時に近い作業が可能となりました。

2021年5月には、りんなのようなAIキャラクターを育成できるスマホアプリ「Chararu (キャラる)」が先行公開されました。同アプリにはユーザがAIの個性的な会話能力を訓練できる機能、訓練したAIとユーザが会話できる機能、AIが他のユーザが育てたAIと会話できる機能が実装されています。同アプリは、多様な個性をもったAIが自律的にコンテンツを生成する未来を見すえて開発されました。

以上のようなりんなを今後も楽しむうえで留意すべきなのは、りんなを含めたAIキャラクターは完全にヒューマンライクなわけではなく、時には想定外のリアクションが返ってくることです。こうした想定外を不気味なものとして斥けるのではなく、人間にはないAIならではの個性と認める寛容のこころこそがAIキャラクターをさらに面白いものに進化させるでしょう。

ゲーム業界におけるAI活用の現状と未来

4人目の登壇者であるモリカトロン株式会社の森川幸人代表取締役は、ゲーム業界におけるAI活用事例を解説しました。

ゲーム業界は、2010年代に台頭したディープラーニングが普及する以前からAIが応用されていたAIと親和性の高いドメインのひとつです。同業界におけるAI活用を解説するにあたり、森川氏は、あくまで個人的な主観として、ビデオゲームの開発過程と各工程におけるAI活用の現状を示した以下のような画像を提示しました。画像を見るとわかるように、工程ごとでAIの活用進捗が大きく異なります。

AIの活用がほとんど進んでいないゲームデザインに関して、森川氏はAIがゲームルールを案出した数少ない事例であるヤバラス(Yavalath)を紹介しました。このゲームは盤上に自分の駒を直線に4つ並べたら勝利するボードゲームなのですが、直線に3つならべると敗北するというものです。勝利条件に近い敗北条件があるあたりが、人間には思いつきにくいゲームと言えます。

AIによるゲーム素材制作では、キャラ作成スマホアプリ『IRIAM』が紹介されました。同アプリはユーザが作成したイラストに表情や動きをつけるというものですが、表情や動きの生成にはディープラーニングが活用されています。アクションゲーム『Far Cry 2』におけるフィールドの自動生成などの事例も紹介されました。

AI活用が進みつつあるQAとデバッグに関しては、3D空間に構築されたゲームフィールドに潜むバグを検出するためにAIプレイヤーにゲームフィールドを周回させる事例が紹介されました。ゲームフィールド内のテスト対象コースを何度も通るようなプレイは人間テスターにとっては苦痛を伴うタスクなのですが、AIプレイヤーはむしろ得意とするタスクです。

AIによるゲームプレイは、現在もっとも注目されている研究分野の1つです。前述の将棋AIや人狼知能もゲームプレイAIの一種でありますが、森川氏はDeepMindが開発したRTS『StarCraft 2』をプレイするAlphaStarも紹介しました。また、ビデオゲームに実装できる実用的なゲームプレイAIの事例として、対戦格闘ゲームにおける接待プレイAIも挙げられました。このAIは人間プレイヤーが操作するキャラクターの体力が減り過ぎないような技を繰り出し、最後には負けるように訓練されています。

以上のような事例紹介の後、森川氏は「AIがゲームを作って、プレイしてくれたらいいのに」という同氏が長年抱いているモットーの真意を説明しました。このモットーはAIを活用してゲーム開発を効率化したり、AIプレイヤーを使って簡単にゲームをクリアしたりすることを意味していません。その真意とはAIに人には思いつかないようなゲームのアイデアを出してもらい、AIプレイヤーと楽しくプレイすることを目指すことにあるのです。

森川氏の発表後、登壇者4人によるディスカッションとシンポジウム参加者から募った質問に対する登壇者からの応答が行われました。ディスカッションと質疑応答で語られた興味深い見解の一部を箇条書きにすると、以下のようになります。

  • 棋譜や将棋AIの活用が進んで研究環境が公平になるなか、プロ棋士の力量の差はAIを活用した勉強法の違いに起因すると考えられる。しかし現状では、プロ棋士たちは「AI活用術」を明かしていない。
  • 棋力向上だけを目指した昨今の将棋AI開発競争では、棋風の多様性が失われている。多様な棋風の実現こそが、今後の研究課題。
  • (シンポジウムの司会を務めた松原仁教授が取り組んでいた小説執筆AI開発プロジェクト「きまぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ」の現状を尋ねた質問に対して、同教授の回答)GPT-3の成果に触発されて、近年ではディープラーニングを活用した小説執筆AIに関する研究がある。また、2022年にはAIが執筆したシナリオを使った短編映画が公開予定。
  • (「エンタメAIが進化しても、人間に残されるクリエイティビティはあるだろうか」という質問に対して)クリエイティビティは何を良いと思い感動するか、さらにはどう生きるのが良いのかといった生き方に関わる概念なので、AIの性能が向上したとしても失われるものではなく、むしろAIによるサポートや共創によって豊かになるはず。
  • (以上の人間のクリエイティビティに関する質問に対する回答として)俳句AIの研究のようにAIが生成したものを人間が選ぶその選別のプロセスで、人間のクリエイティビティが発揮されるのではないか。そもそも創作物の「面白さ」や「良さ」が定義困難なので、そうした概念をAIに実装する過程に人間に固有な役割があるのではないか。

以上のようなディスカッションの後、エンタメAIの望ましい進化とは「人間が思いつかないものを生み出す」方向ではないか、と司会を務めた松原教授が述べて今回のシンポジウムの意義をまとめました。今後エンタメAIが人間の想定していないものを生み出すようになれば、人間とAIが協力することによって創作物の多様性が大きく増して、人間が体験できる面白さが拡張されることでしょう。

Writer:吉本幸記


~ シンポジウム全体の記録動画はこちらからご覧いただけます ~