データでつながるスマートシティ実現に向けた取り組み

2022年3月28日、東京大学次世代知能科学研究センター連続シンポジウムの第7回がオンラインで開催されました。今回のシンポジウムは、「スマートシティにおけるAIの役割」というテーマで行われました。この記事では4名の登壇者の発表を要約することで、データ活用によるスマートシティ実現の取り組みを紹介していきます。

チャットボットを開発して知った大事なこと

1人目の登壇者である株式会社ビースポークの設立者兼CEOの綱川明美氏は、同社の業務から学んだデータの重要性について発表しました。同社が開発するBebotは多言語対応を強みとする接客用チャットボットであり、人間に代わって顧客からの問い合わせに24時間対応します。同チャットボットは、現在ではホテルや空港、さらには日本各地の自治体に導入されています。

2015年にビースポークを創業して、まだオフィスもなく公園でミーティングをしていた頃、綱川氏は精度の高いチャットボットを開発できれば導入先でも継続して利用されるだろうと考えていました。しかし、チャットボット開発後に実際に利用状況を分析した結果、開発業務と同等かそれ以上にプロモーションが重要だと気づきました。そして、より、利用者目線での機能開発を進めるために、渋谷のスクランブル交差点でビラ配りをし、テストユーザーを集めた時期もありました。実際の利用者の声にもとづいた機能開発を行い軌道修正した結果、有名ホテルを顧客として獲得しました。その後、有名ホテルへの導入実績が評価されて成田空港への導入も決まりました。

順調に顧客を増やしていた矢先、コロナ禍によってビースポークにも転機が訪れました。旅行業界の顧客が多かった影響で支払い停止や解約が増えて一時的に業績が下がった時期に、海外の政府機関から商談の申し込みが増え始めたのです。こうした商談の背景には、チャットボットをソーシャルディスタンスの確保に使えるのではないか、という各国の政府機関の思惑がありました。

各国政府の要望に応えて国際空港への導入を進めていると、日本国内の自治体からも非接触・三密回避に配慮した業務実現にチャットボットを使えるのではないか、という相談が多く寄せられるようになりました。そんな自治体のひとつである沖縄県竹富町役場は、船を使わないと行けない不便な場所にありました。コロナ禍以降、密になる船での移動を減らすために行政のDXを図りたいと思い、ビースポークのチャットボットが採択されました。

以上のように国内外における官民両方の顧客にチャットボットを提供したことで、ビースポーク創業当初には想定していなかった重要な知見が得られました。その知見とは、チャットボットリリース時に用意するFAQと実際に運用が開始してから寄せられる問い合わせ内容にはずれがある、ということです。こうした問い合わせにおけるギャップは、時間の経過とともに問い合わせるユーザの関心が変わることにも起因します。チャットボットを高品質に運用するには、こうしたギャップをスピーディーに埋めることが求められます。

さまざまなチャットボット案件を手がけた綱川氏によれば、優れたチャットボットサービスを提供するために必要な労力の内訳は、開発業務20%、プロモーション30%、AIや対応する質問範囲の調整をふくむアフターケアが50%となります。つまり、チャットボットが扱うデータのメンテナンスがいちばん重要という結論に達したのでした。

オープンデータがもたらす光と闇

2人目の登壇者である武蔵大学社会学部メディア社会学科の庄司昌彦教授は、スマートシティを実現するための重要概念として注目されるオープンガバメントとオープンデータについて発表しました。オープンガバメントとは政府をトップダウン式に国を統治する最高機関として位置づけるのではなく、社会活動を行う場所を提供する機関と捉えるアイデアを指します。このアイデアは2009年にオバマ大統領が発表した「透明性とオープンガバメントに関する覚書」に書かれたことで有名になり、同様の概念は、イギリスのキャメロン首相や日本の鳩山首相も言及しています。

オープンガバメントを実現するうえで不可欠なのが、公共的なデータが開示され誰もが自由に利用できるようになるオープンデータです。各種統計情報や公文書をふくむオープンデータが利用できるようになると、データを活用したイノベーションが生じる環境が整います。そうしたイノベーションによって社会問題が解決され、社会問題解決の積み重ねによってスマートシティが実現すると考えられます。

続いて庄司教授は、オープンデータに関する国際比較を明らかにしました。オープンデータがもっとも整備されているのはアメリカで、日本は2022年時点で主要国最下位の7位でした。改善の余地のある日本ですが、現在公開されているデータには、3D都市データを提供するPLATEAU、全府省から約2万件のデータセットを収集して公開している政府データカタログなどがあります。

庄司教授は、オープンデータの効用と課題についても話しました。オープンデータが利用できるメリットは、非専門家であっても活用や分析ができるようになる「データ活用の民主化」が挙げられます。その一方で、公開するデータの生成には手間がかかり、データの品質が低いと活用から得られる成果が小さくなるという課題があります。データ生成の解決策としては、AIによる自動生成が考えられます。

以上のようなオープンデータに関する概論を発表した後に、オープンデータの活用事例が紹介されました。そうした事例のひとつには、台湾政府によるマスク在庫データの提供があります。コロナ禍初期に世界各国でマスクの供給が逼迫するなか、デジタル行政を担当するオードリー・タン氏が主導してマスク在庫データを公開したことで混乱を回避できたのは有名な話です。オープンデータを活用すると、犯罪発生の予測も可能となります。例えばアメリカ・サンタクルス市は、犯罪予測モデル「PREDPOL」の導入後2年で犯罪が17%減少しました。

もっとも、オープンデータ活用に伴うリスクも懸念されています。オープンデータは政府も積極的に活用することが求められますが、使い方によっては時として国民を監視するツールを開発するリスクが生じます。実際、中国ではさまざまなデータから同国民の健康状態を詳細に把握して格付けするシステムの開発が検討されたり、シンガポールではコロナ接触確認アプリから得られるデータを犯罪捜査に流用すると発表されたりして物議を醸しています。

発表の最後に、庄司教授はオープンガバメントやオープンデータによって社会問題を解決していくにあたっては、社会問題に関わっている人々が「どんな都市にしたいのか」をめぐって議論することも重要、とも述べました。

コモングラウンドが切り拓くAIとの共生空間

3人目の登壇者である東京大学生産技術研究所の豊田啓介特任教授は、人間とAIが相互作用する共通基盤となるコモングラウンドについて発表しました。コモングラウンドという用語は、2018年度の人工知能学会全国大会において、京都大学大学院情報学研究科の西田豊明教授が発言したことで注目されるようになりました。

コモングラウンドについての議論を展開するのに先立って、豊田教授は現在における人間と非人間的なエージェントの相互作用の諸相を整理しました。今日、人間はAIチャットボットのようなソフトウェアやロボット、さらには視覚的にはデジタルキャラクターながらも制御は人間が行っている半人間的なVTuberのようなさまざまなエージェントと相互作用しています。同教授はこうした非人間的なエージェントをNHA(Non-Human Agent)と総称して、これらをその存在様式に応じて整理する2軸マトリクスを提示しました。

その2軸マトリクスとは、横軸に物理的に存在する度合いを設定し、縦軸に制御に関して自律的か他律的かという度合いを設定してNHAの存在様式をスペクトル化したものです。例えば、チャットボットのようなAIソフトウェアは物理的な相互作用機構が乏しいので「バーチャル」に存在しているといえ、なおかつ人間が操作しなくても自動的に応答するので制御に関して「自律」的です。それゆえ、チャットボットは「バーチャル」かつ「自律」を意味する下方右側のポジションに位置づけられます。現存のNHAは、2軸マトリクスで区分される4つの存在様式のいずれかに分類されます。現状では存在様式が異なるNHAが混在するなかで相互作用する状況がほとんど想定されていないため、NHAと人間が多種多様に交流できる共通基盤の整備が求められます。こうした共通基盤が、豊田特任教授が考えるコモングラウンドなのです。

コモングラウンドを構想するにあたり、豊田特任教授は人間とNHAが相互作用する空間をインタースペースと名づけたうえで、それを存在様式に即して整理する図を提示しました。横軸に空間スケール、縦軸に時間スケールを設定した図において、例えば建築物に関する3次元情報を扱うBIM(Building Information Modelingの略称)は、ミリメートル単位から数百メートル単位まで扱い、時間スケールとしては日単位から年単位に対応しています。その一方で、BIMはミリ秒単位の時間処理を想定していません。

コモングラウンドを整備するにあたり、豊田特任教授が注目しているのはゲームエンジンです。RPGのような広大なフィールドが舞台となるゲームを開発するために誕生したゲームエンジンは、人間がゲーム空間内のアクションをリアルに体験できるように進化して来ました。ゲームエンジンを使えばNHAを制御しながら、それらを人間と相互作用させられます。こうしたゲームエンジンが可能とする動的情報の記述は、BIMなどにはない特性です。

豊田特任教授は、目指すべきコモングラウンドの具体的イメージも解説しました。コモングラウンドは人間が物理空間とバーチャル空間を自由に移動でき、物理的なNHAだけではなくバーチャルなNHAとも相互作用できる場所であるべきです。この場所においては、バーチャルに存在するさまざまなNHAはバーチャル空間にいながら、物理空間にいる人間とも相互に交流できるのです。

以上のようなコモングラウンドを実現する試みとして、すでに大阪市天満にコモングラウンド・リビングラボがあります。このラボではセンサーを施設内に設置することで物理空間にいる人が、リモートで施設を訪問した人と3次元的に交流できます。さらに2025年に開催される大阪万博でも、コモングラウンドプラットフォームの一つの形として、物理空間とバーチャル空間の垣根を超えて相互作用できるマルチモーダル・テレプレゼンス・プラットフォームを、会場でもリモートでも体験できるように調整を進めているそうです。コモングラウンドの研究開発が順調に進めば、大阪万博で多くの人がこのアイデアを体験できるでしょう。

自動運転とMaaSにおけるデータ連携の重要性

4人目の登壇者である東京大学生産技術研究所の須田義大教授は、自動運転とMaaSの現状と展望について発表しました。その発表では、同教授が関わっている東大柏の葉キャンパスにおける自動運転の実証実験が解説されました。同キャンパスには、踏切まで再現したテスト走行路や大型トラックのドライビングシミュレータが完備されています。さらに2019年11月1日から、つくばエクスプレス柏の葉キャンパス駅から東京大学・柏の葉キャンパスまでを自動運転バスでつなぐ実証実験も行われています。

以上の実証実験は、東大で完結するような試みではありません。柏地域のさまざまな業種の企業が、この実験をサポートしています。サポート企業は、不動産、バス会社、コンサルティング会社と多種多様です。こうしたサポート体制の存在は、自動運転のような新たなモビリティ・サービスが誕生したあかつきには、そのサービスを中心としたさまざまな業種から構成されるビジネスエコシステムが形成されることを示唆しています。

ところで、運転者がハンドルを握る必要のないレベル4の完全自動運転を実現するには、車両に搭載する自動運転システムを進化させるだけではなく、車両と環境が連携して安全運転を保証するシステムを構築しなければなりません。柏の葉キャンパスでは車両と信号、あるいは車両と地図との連携に関する実証実験も行われています。特定条件下における完全自動運転の実現には、走行環境の進化も必要となるのです。

須田教授は、自動運転を用いたモビリティ・サービスの現状についても解説しました。各国の自動車メーカーが開発する自動運転車両は、既存の自家用車が進化したものが想定されています。それゆえ、自動運転車両の所有者は車両購入者個人と考えられています。しかし、自動運転技術が実現すれば、車両を所有せずにシェアして乗り合うサービスも実現できます。Uberなどが目指しているのが、こうした自動運転カーシェアサービスです。さらに、バスなどの公共交通機関における運転手が不足しつつあることから、公共交通事業者も自動運転サービスに注目しています。こうした三つの動きを協調させて効率的なモビリティ・サービスを社会実装する役割は、大学などの研究機関に期待されています。

現在、自動運転技術開発と並行してMaaS(Mobility as a Service)も進化しています。タクシー配車アプリをはじめとするMaaS業界では、現在急速に交通データの活用が進んでいます。例えば国土交通省は令和2年度、バスの混雑情報をスマホアプリに配信して混雑を回避するシステムの導入に向けて、14の事業者を支援しています。同省はMaaSにおけるデータ連携を拡大して、異業種間のサービス連携も構想しています。

須田教授は、発表の最後にMaaS、自動運転をふくめたモビリティに関する新しい用語であるCASE(Connected、Autonomous、Share & Service、Electricの頭文字をとった略称)、そしてスマートシティの関係について話しました。これら3つのアイデアはデータ連携によって緊密に関係し合うことが可能であり、そうしたデータ連携においてAIが果たす役割が大きい、と述べました。


須田教授の発表後、登壇者4名にシンポジウム司会を務めたAIセンターの松原仁教授が加わってパネルディスカッションが行われました。ディスカッションで語られた興味深い見解の一部を箇条書きにすると、以下のようになります。

  • (庄司教授が豊田特任教授に対してVR空間内建築の可能性について質問。その回答)VRは自由度が高い世界であり、(低重力のような)現実にはあり得ないリアリティ設定を体験できる。これは大きな可能性で、我々建築家がまだまったく開拓できていない新しい価値領域。興味深いのは、現実にはあり得ない「VRのリアリティ」にすぐ慣れてしまうこと。むしろ今後問題となるのはVR空間から物理空間に帰って来た時、物理空間のリアリティにすぐ復帰できないこと。無数のVR空間が存在する近未来では、リアリティの原点あるいは抹消不可能な空間としての物理空間が再評価されるのではないか。
  • (シンポジウム視聴者が庄司教授に対してオープンガバメントにおける価値観形成の取り組みにはどのようなものがあるのか、と質問。その回答)コペンハーゲンのような欧州の都市においては、都市行政に関して時間をかけて議論して合意形成する。合意形成に時間をかける理由は、より多くの人が合意できる内容を丁寧に作ることで、その後は不満や反対意見が出されずスムーズに実施できるからである。
  • (ゲームエンジンによるバーチャルシティの建設について、松原教授が発言)ゲームエンジンが表現する街は、もしかしたら人間にとって重要な側面が欠落している可能性がある。ゲームエンジンが表現する街は物理世界におけるそれと等価ではなく、抽象化のプロセスを経ていることを弁えたうえで利用すべき。
  • (スマートシティの実現プロセスに関して、豊田教授が発言)小さな地区ごとに管理するデータ方式が異なると不便なので、将来的には「スマートシティ・プラットフォーム」を整備して規格をオープンな形で汎用化するのが望ましいのではないか。そうすればスマートシティ・プラットフォームのAPIのようなものを利用して、スマートシティ・サービスを低コストで開発できるようになるし、そもそもAIが必要とする仕様や粒度の揃ったデータが常に取得できる形をつくるには、こうした汎用企画の整備が不可欠。
  • (自動運転の安全性について須田教授が発言)自動運転の研究と実装の動機付けには、自動運転を実現すれば交通事故を無くせることがある。その一方でもし、仮に完全自動運転が可能になり、安全な交通社会が実現すれば、手動運転は(かつての移動手段である乗馬が乗馬場でしかできなくなったように)特定のエリアでしかできなくなるかも知れない。
  • (スマートシティに関して網川氏が発言)スマートシティに求められるものは、立場によって異なる。市役所のようなサービスを運営するサイドから見れば、労働者数の減少を背景とした業務の効率化あるいは自動化が求められる。利用者側は、チャットボットによるリモート手続きのような既存の問題のスマートな解決を求めている。どちらの側においても、AIが果たす役割は大きい。AIは言わばスタイリストのようなもので、単独では問題解決できない。クローゼットのなかの衣服があることでスタイリストは仕事ができるように、AIにはデータが不可欠。

以上のディスカッション後に松原教授は、AIは加工するデータがなければ役に立たないのだが、データの集積体であるスマートシティこそAIを活用する格好の対象、という見解を述べてシンポジウムを総括しました。同教授が指摘したように、現代都市はまだ十分に利用されていないデータや、そもそも収集されていないデータの宝庫です。こうした未活用のデータをAIによって連携させることで、スマートシティは着実に実現していくことでしょう。

Writer: 吉本幸記


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