生物と都市に見る多様性から導かれるWell-beingの道すじ

2023年6月21日、東京大学次世代知能科学研究センター連続シンポジウムの第14回がオンラインで開催されました。今回は「「モビリティ知能社会」とWell-being」というテーマで行われました。この記事では2名の登壇者の発表およびパネルディスカッションの内容を要約することで、多様性やゆらぎが繫栄やWell-beingの土台となることを生物や都市計画を具体例として明らかにします。

「変われるちから」としてのモビリティとWell-being

登壇者による発表に先立って、次世代知能科学研究センター長の國吉康夫教授が今回のシンポジウムの趣旨説明を行いました。次世代知能科学研究センターでは2019年8月1日から2024年3月31日にかけて、「モビリティ知能社会デザイン」と題したプロジェクトに取り組んでいます。豊田中央研究所と産学共創体制で進めているこのプロジェクトでは、以下のスライドにまとめたように「モビリティ」をキーワードとして、まちの活況を理論的にデザインすることを目標として掲げています。

以上のプロジェクトの特色として、旧来の産学協同プロジェクトにありがちだった予定調和的なプロセスを目指さないことが挙げられます。同プロジェクトでは学界と産業界が表面的に交流するのではなく、時には意見の衝突を厭わない姿勢で議論することで本質的・根源的な問題に挑戦できると考えているのです。

國吉教授は、社会の変遷をモビリティの観点からまとめたスライドも提示しました。こうした観点から日本の歴史を見た場合、インフラとしての交通を整備した近代、自動車が普及してモビリティが拡大した高度成長期、そして現代は人とモノが高度に結合したネットワーク社会と言えます。現在はモビリティの拡大に加えて、移動の先にある心のWell-beingが重視される時代になりました。

心のWell-beingが重視される現在においては、自動車をはじめとする移動手段と関連して語られたモビリティは、「変われるちから」として再解釈されるのが望ましいと言えます。この新しいモビリティがどのように個人のWell-being、ひいては個人が属する社会全体のWell-beingにつながるのかを示すことが、モビリティ知能社会デザインプロジェクトの意義である、と國吉教授は述べて後続する講演の背景を説明しました。

多様性とゆらぎこそ生物繁栄のカギ

國吉教授に続いて登壇した東京大学大学院総合文化研究科所属で東京大学副学長でもある太田邦史教授は、「生命の多元性から考える人類のwell-being」と題して多様性やゆらぎから見た生命繁栄のメカニズムについて発表しました。

生物学を主な研究分野としながら、2023年4月3日には大学研究者としてはいち早く生成AIの可能性と対応に言及した声明を発表したことでも知られる太田教授は、ウクライナ戦争や気候変動に見舞われている現代は、予期せぬ危機に瀕しているVUCA(Volatility[変動性]、Uncertainty[不確実性]、Complexity[複雑性]、Ambiguity[曖昧性]の頭文字をとった略称)の時代である、という時代認識を示すところから発表を始めました。

文明の曙からVUCAの時代である現在にいたるまで、人類は種全体のWell-beingを目指してきました。実のところ「Well-being」の定義は難しいのですが、太田教授はこの概念の説明としてアマルティア・センの潜在能力アプローチを引用しました。しかしながら、人類をふくめた生物は常にWell-beingを達成した状態であったわけではなく、むしろ生存するには厳しい環境で生きてきたというのが実情です。

厳しい生存環境で生物が生き残れた理由として、太田教授は特定環境に完全に最適化しない「ゆらぎ」を指摘します。現状の環境で最大限繁殖できるように最適化すれば、そうした生物種は一時的に大いに繫栄します。しかし、環境が変化した場合、かつての環境に最適化し過ぎた種は絶滅の危機に瀕するリスクがあります。対して、環境適応に幅のある種は、環境の変化が生じても生き残る可能性があります。

太田教授は生物の生存戦略として、ダーウィンが唱えた進化も挙げました。遺伝に突然変異という「ゆらぎ」を内在させることで、環境に適応した個体が生存すると解釈できるダーウィン進化は、ガラパゴス諸島に棲息するフィンチの嘴が20~30年という短い期間で変化した観察結果からも確認できます。

以上のようなゆらぎのほかに、生物は多様性を実現することで絶滅を回避して繁栄してきました。太田教授は生物種の多様性を数学的に計測した以下のスライドのような研究を引用して、人類が知っている生物種は全体の15%に過ぎないことを示しました。また、「種」の絶滅頻度は生物種や時間によらず一定なので、「種」は生存するためには「変化し続ける」必要があると唱える「赤の女王」仮説を紹介しました。この仮説は、コロナウイルスがめまぐるしく変異することで今日まで絶滅していないことで期せずして証明されました。

太田教授は、生物の変異を説明する理論である「エピジェネティクス」についても説明しました。この理論は生物には進化のようなゆっくりと起こる変化と別にある、急激な環境変化に適応するメカニズムを説明したものです。この理論に依拠すれば、例えば三毛猫のクローンを誕生させても、必ずしも三毛猫が誕生するわけではない事例を説明できます。この事例は、猫の模様のような形質変化はその変化を司るDNAに言わば「スイッチが入る」ことで生じる、と説明できます。こうしたエピジェネティクスにおけるDNAスイッチの事例には、太田教授も参加していた甲虫の武器形質に関する研究があります。

太田教授は、進化と多様性の関係を生物進化の歴史からも説明しました。生物は、今日にいたるまでに何度かの大量絶滅を経験しました。大量絶滅の原因には火山活動が活発化する地殻イベントだったり地球全体が凍結する全球凍結があったりしますが、その一方でカンブリア爆発のような生物多様性が急激に増加するイベントもありました。

カンブリア爆発のようなイベントが起こったのは、生存環境が何らかの原因で過酷になった結果、さまざまな環境に適応することが強いられるので生物が多様になったからと考えられます。こうした過酷な環境下での生物の多様化は、適応度地形の複雑化として可視化できます。

以上のように生物進化史を振り返ると、生物が多様になるきっかけとして環境変化のような安定性を破るカオティックな状況が指摘できます。こうした創造性が増す適度に不安定な状況を、太田教授は「カオスの縁」と呼びます。この状況は、例えばChatGPTのPlaygroundで文章生成のランダム性を司る「温度」を変えることで再現できます。温度がデフォルト値の「1」の場合では適度に独創的な文章が生成される一方で、より秩序を重視する「温度0」に近づけると凡庸な表現ばかりが生成され、反対によりランダムにするために温度を1以上にすると無秩序過ぎて文章が意味不明となります。こうした「カオスの縁」の事例は、遺伝情報に人為的にゆらぎを作り出す技術「TAQingシステム」に関する研究などがあります。

生物の生存戦略を概観していくと、多様性やゆらぎこそが長期的に繫栄する土台となっていることがわかります。こうした多様性やゆらぎは人間社会においては大学や研究所が提供すべきであると同時に、自由な知的活動の拠点(である大学等)こそが「カオスの縁」であるべき、と述べて太田教授の発表は終わりました。

発表後に行われた質疑応答では、國吉教授の「生物進化におけるランダム性とは単なる乱数的なものではないのではないか」という質問に対して、エピジェネティクスで説明されるように生物のDNAは変わりやすい箇所とそうではない箇所があるので、DNAの変化による進化の方向性は乱数的ではなくあらかじめデザインされていると言える、と太田教授は答えました。

データドリブンな都市計画から導かれるWell-being

2人目の登壇者は東京大学先端科学技術研究センター所属の吉村有司特任准教授が「都市におけるAIとビッグデータの可能性:バルセロナのウォーカブル政策を中心に」と題して、データ分析に依拠した都市計画をバルセロナの事例を引用しながら発表しました。

吉村特任准教授は、はじめに自身の経歴を紹介しました。2001年にバルセロナに渡った同特任准教授は同地の都市計画に携わった後、渡米してMITで研究生活を送り、コロナ禍直前に日本に帰国して東京大学に所属することになりました。アメリカ時代にはMITのSenseable City labが取り組んだゴミをIoT機器で追跡した「Trash Track」や都市の下水を調査した「Underworlds」に参加したほか、ジャウマ・バルセロ氏が開発した交通シミュレーターを使ったバルセロナの交通シミュレーションも行いました。

発表は、3つのテーマについて行われました。1つ目のテーマは、バルセロナ市におけるスーパーブロック(歩行者空間)の拡充です。吉村特任准教授によると、近年のまちづくりで重視されるようになったのは、歩行者中心の「歩いて楽しいまちづくり」という観点です。この観点にもとづいたまちづくりで有名なのがアメリカ・ニューヨーク市の旧高架鉄道を空中庭園にしたハイライン、そしてスーパーブロックを拡充したバルセロナ市です。

バルセロナ市のスーパーブロック拡充にあたり吉村特任准教授がはじめに行ったのが、このプロジェクトの効用を客観的なデータを用いて理解してもらうことです。スーパーブロック拡充によってパブリックスペースが広がり、大気汚染が改善され、騒音が小さくなることをデータとしてまとめました。

次に、パイロットプロジェクトとしてバルセロナ市のグラシア地区にスーパーブロックを設置することに取り組みました。このプロジェクト前には廃れていた同地区は、スーパーブロック拡充後、現在では同市のなかでもおしゃれなエリアとして認知されるようになりました。

2つ目のテーマは、都市多様性を定量化する試みです。この概念はアメリカのノンフィクション作家ジェイン・ジェイコブズが主張したことで注目されるようになったものです。吉村特任准教授は、ある都市の単位面積当たりの小売店の数と種類に注目しました。数だけではなく種類にも注目するのは、さまざまな種類の小売店があるエリアのほうが(呑み屋街のような)単一の種類のそれが占めるエリアより多様と言えるからです。

都市多様性を定量化するにあたっては、生態学の創始者でバルセロナ出身のラモン・マルガレフが提唱した生物多様性に関するその名も「マルガレフ指数」という先駆的概念がありました。マルガレフの門下生でありバルセロナ都市生態庁長官を務めたサルバドール・ルエダは、マルガレフ指数を応用して都市多様性指数を算出しました。その結果は、以下のスライドのようにまとめられます。この結果よりバルセロナはマドリードより多様性に富んだ都市と言えます。

しかし、都市を対象とした多様性指数は測定値としてやや大雑把すぎます。そこで吉村特任准教授は、都市をグリッドで分けたうえでグリッドごとに多様性指数を算出することを実施しました。その結果は、以下のスライドにあるマップのようになりました。このマップはバルセロナ市の都市多様性指数の分布を表していますが、都市中心部がもっとも多様で郊外になるにつれて多様性が小さくなるのがわかります。

グリッドごとに都市多様性指数を算出すると、都市多様性指数とエリアごとの売上の関係も明らかにできます。その関係とは「都市多様性指数が向上すると、その商業エリアの売上が向上する」というものでした。この関係に関する可能な解釈のひとつとして、同じ業種のお店だけがあるエリアでは異なる業種のお店に行くためにそのエリアから離脱する一方で、さまざまな業種のお店のあるエリアでは何軒ものお店に立ち寄って消費するのでエリア全体の売上が向上する、と考えられます。

3つ目のテーマは、スーパーブロック拡充の効用をデータによって説得する方法についてでした。前述のようにスーパーブロックを拡充すると大気汚染が改善するといったデータがある一方で、拡充する理由を尋ねられると建築家であっても「まちが気持ちよくなりそうだから」のように主観的に答えがちです。こうしたなか吉村特任准教授は、スーパーブロック拡充の前後で「当該エリアの小売店・飲食店の売上を比較する」という客観的でわかりやすい回答の作成を試みました。

以上の売上比較にあたっては、スペイン国内の合法的に活用できる3年分のクレジットカード決済データと、オープンストリートマップ(OSM)から収集できるスーパーブロックに関するデータを活用しました。OSMとはオープンソースのマップデータであり、「地図版Wikipedia」とも言えるものです。OSMから歩行者空間に関するデータを抽出する技術を開発したうえで売上比較を行った結果、「スーパーブロックを拡充すると、当該エリアの小売店・飲食店の売上が向上する」ことを明らかにしました。

吉村特任准教授は、以上に紹介したようなデータドリブンな都市計画を通じた場のWell-beingの実現を目的として、京都大学の内田由紀子教授らと2021年10月より「個と場の共創的Well-Being」プロジェクトに取り組んでいます。このプロジェクトの成果は今までの都市や町の作り方を根本的に変える可能性を秘めている、と述べて発表は終わりました。

発表後に行われた質疑応答ではオンラインで視聴していた聴衆の1人から「秋葉原電気街は必ずしも多様ではないが、賑わっているのはなぜか」という質問に対して、都市全体(質問の場合は東京)から見て何かに特化している町(この文脈では秋葉原電気街)は結果的にその都市の多様性に寄与しており、特化した町を訪問できるという選択肢があるのが重要、と吉村特任准教授は答えました。


吉村特任准教授の発表後、登壇者2名に加えて合原一幸東京大学特別教授、豊田中央研究所所属の小島祥子氏が参加したパネルディスカッションが行われました。國吉教授がファシリテータを務めたこのディスカッションにおいて語られた興味深い見解の一部を箇条書きにすると、以下のようになります。

  • (ディスカッション開始時の挨拶における合原特別教授の発言)都市多様性の実現には、物理的アクセスを考慮しなければならない。店舗が集積しているデパートは便利だが、店舗が広範囲に並置されているショッピングモールはやや不便。
  • (太田教授発言)東大発表論文のマルガレフ指数を算出したところ、世界のトップレベルだった。都市多様性についても「カオスの縁」があるのではないか。
  • (國吉教授発言)多様性は単なるランダムではなく、多様な経験を可能とする構造。そして、そうした構造内を自由に移動できることがWell-beingにつながるのではないか。
  • (吉村特任准教授発言)スタートアップの成功を都市環境から説明できるのでないか。ミツバチは同じ遺伝子でも生育環境によって女王バチにもなれば働きバチになるように、都市環境によってスタートアップの浮沈が変わるのかも知れない。
  • (合原特別教授発言)(高速な学習を特徴とするニューラルネットワークの一種である)リザバーネットワークを都市のネットワークという物理系で実装したうえで「カオスの縁」状態に向かって自己組織化するようにすれば、クリエイティブな都市を実現できるのではないか。
  • (小島氏発言)都市は最初から最適化された状態で設計されるよりは、多様になるように育てていくべきものではないか。
  • (太田教授発言)地方の再生には(トヨタ自動車が建設中の)Woven Cityのような実験都市を地方に移植して、若者層を流入させるのが得策ではないだろうか。既存の地方集落を活性化しようとしても、しがらみが多くてうまく行かないかも知れない。
  • (吉村特任准教授発言)祭りとは、地域住民の絆を確認する行為として誕生して今日に至っているのではないか。今後の都市計画では祭りや都市ごとの(ご当地キャラのような)「推し」がポイントになるかも知れない。
  • (小島氏発言)街に対して愛着がわく理由にはその町が住みやすいからだけではなく、手間や面倒がかかるからというのもあるのではないか。
  • (國吉教授発言)コミュニティへの帰属意識は重要だが、帰属性が強すぎると束縛になる。「余裕があるなかでの愛着物へのコミットメント」がWell-beingにつながるのではないか。
  • (パネルディスカッション会場に出席していた淺間一教授発言)昨今の「何でもつなぐ」という発想には抵抗を感じる。つながり過ぎたネットワークは、均一化して多様性が失われるのではなかろうか。「つながない重要性」に改めて注目すべき。
  • (國吉教授の「日本でスーパーブロックを設置した場合、バルセロナとは異なる歩行者空間が実現するのだろうか」という質問に対する吉村特任准教授の回答)日本型歩行者空間になると考えられ、さらには日本型のものを作りたいと思っている。日本型歩行者空間を作る場合、市街地と郊外ではアプローチが異なってくるだろう。
  • (國吉教授の「将来の研究課題やビジョンは何か」という質問に対する太田教授の回答)生物多様性をデータ化してうえでAIに学習させることで、望んだ機能を備えた生物の遺伝子を出力するAIシステムを作りたい。また、生成AIを活用した研究に挑みたい。
  • (太田教授の生成AIへの言及をうけて吉村特任准教授発言)2019年に(建築界のノーベル賞と言われている)プリツカー賞を受賞した建築家たちの建築物を分類するAIモデルに関する論文を発表した。発表当時は注目されなかったが、2023年1月あたりから引用されるようになった。生成AIで簡単に建築物を生成できるようになったので、その生成画像を分類する必要から同論文が引用されるようになったのではないか。
  • (画像生成AIに関して吉村特任准教授発言)画像生成AIの普及によって、プログラミングが出来なくてもプロンプトだけでさまざまなスタイルの都市画像が出力できるようになった。その結果、建築家や都市プランナーもAIの恩恵を受けられるようになった。


今回のシンポジウムでは、多様性やゆらぎから繁栄あるいはWell-beingが導き出される道すじを生物生態系や都市を具体例として垣間見ることができました。今後期待されるのは、多様性またはゆらぎからクリエイティビティやポジティブな変化が生成されるプロセスの解明ではないでしょうか。

Writer:吉本幸記


~ シンポジウム全体の記録動画はこちらからご覧いただけます ~